優れた技術者が、自分の答えを手放した先にあるもの
技術者として経験を重ねるほど、答えは早く見えるようになります。部下の説明を聞いている途中でも、問題になりそうな点が分かる。過去の失敗や技術的な制約から、もっと確実な進め方が思い浮かぶ。
「それなら、こうした方がいい」
「その案では、ここで行き詰まる」
私も、そうやって多くの仕事を前へ進めてきました。難しい問題を解き、早く正しい答えを出す。それは技術者としての強みであるだけでなく、自分が組織の役に立っているという実感でもありました。
もちろん、これは技術者だけの話ではありません。ただ、技術の仕事では、複数の案を検討しながらも、最後には一つの設計値や加工条件を決めなければなりません。量産するには、同じ結果が再現できる答えへ絞り込む必要があるからです。そうした経験を重ねる中で、技術者には「最後は一つの答えに決める」という思考が強まりやすいのかもしれません。
答えを出さない自分に、どんな価値があるのか
私がデバイス事業にいた頃は、自分の中に答えがあると思っていました。部下から案を聞けば、足りない点が見える。問題が起きる前に修正し、進む方向を示す。それが、管理職として責任を果たすことだと考えていました。
ところが、ロボット事業へ移り、それまでとは異なる技術を扱い、業務の範囲も広がると、自分の経験だけでは答えを出せない場面が増えていきました。部下の案に違和感を覚えても、本当に考えが浅いのか、それとも自分とは違う観点から見ているのか、すぐには判断できません。
自分が先に答えを出さなければ、仕事をしていないような気さえしました。自分が一番詳しく、自分が判断できることに、管理職としての価値を置いていたからです。
自分の価値を、別の場所に置き直す
少しずつ、部下の考えを最後まで聴くようになりました。そこで起きたのは、単に部下が成長したということだけではありません。
部下が持つ観点に気づき、そこに私の経験や別のメンバーの知識を重ねていく。すると、最初は小さかった発想が少しずつ膨らみ、誰も初めから持っていなかった案へ変わっていくことがありました。
そのとき、管理職としての自分の価値は、自分が最初に答えを出すことだけではないと気づきました。自分が答えを出さなくても、職場からより良い答えが生まれる。一人ひとりの力がつながり、自分一人では到達できなかったところまで進んでいく。その状態をつくることも、管理職の大切な仕事でした。
手放すのは、専門性ではない
自分の答えを手放すとは、専門性を捨てることではありません。判断を放棄することでも、部下の案を何でも受け入れることでもありません。
手放すのは、自分の答えを最初から唯一の答えとして置くことです。
技術者として培った経験は、自分の正しさを示すためだけではなく、人の考えを理解し、つなぎ、より良い答えへ育てるためにも使えます。
技術者の頃は、自分で難しい問題を解くことに面白さがありました。管理職になると、その面白さが失われるのではありません。自分が答えを出す面白さから、職場の中から新しい答えが生まれる面白さへと変わっていきます。
優れた技術者が、自分の答えを手放した先にあるもの。それは、答えを失った姿ではありません。
自分の専門性を使って、人の考えを引き出し、つなぎ、自分一人では辿り着けなかった答えに、組織として辿り着く。
その瞬間に立ち会えることが、管理職という仕事の新しい面白さなのだと思います。
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